新規事業


伝統的な風習として全国的に見られる
故人を弔う際、棺に白装束や念珠(=数珠)を入れる儀式。
仏教はそもそも葬儀を担うための宗教ではないので、この風習も
仏教の正式な儀式ではないのですが、葬儀というのは多分に
地域・土着的なものが含まれています。

その儀式における念珠は、元来は故人が生前お持ちだったものを使っていたのですが
火葬場の不燃物NGの流れにより、石などの念珠が入れられなくなり、
急速に衰退しつつある儀式でもあります。


今回は
亡くなった方を弔う(とむらう)火葬道具としての念珠を作りました。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
見た目ほぼ同じではないかと言われそうですが、
ひいらぎの中では新規事業です、完全に。

これまでひいらぎでは
宗派を問わず使える片手念珠を主に扱ってきて、
どちらかというと「もっと気軽に」「色も配色も自由でいいんだよ」
という古くからの思い込みの誤解を解き、
念珠という道具を軽くする方向へのご提案が多かったと思います。
今回はいわば逆。儀式のためのフォーマルな道具です。


個人的な話になりますが少しお付き合いください。


3年前祖母が他界しました。
大好きだったのに、最期の数年、
私は自分の仕事や家族の生活を回すことに必死すぎて
全然会いに行けていませんでした。
亡くなった知らせを聞いた時に(しまった!)としか思えず、
なんで、なんてことだろうかと本当に心にずしんときました。

自分の人生を反芻しました、どこら辺がダメだったか。
もうどうしようもないのは分かるけど、あの時どこをどうしていたら
私は後悔のない祖母との最期を過ごせたのか。
色々あり、私の中で祖母に会いに行くことは
少し重たく、あることができるまでは行かないと
心の中で自分に課していました。
(私と祖母の関係性はかなり特殊だったと思います。)


祖母の姿を棺に見た時、
念珠を棺に入れることを自然に思い出し、
手に持っていた念珠を棺に入れ、荼毘に付しました。

後悔の気持ちが消えるわけではないし、
会いに行けなかった己の未熟さや愚かさも取り戻せない。
ただ、念珠を入れた自分の行為が、
迷いや気持ちを棺に託すイメージとして残り、
その後の気持ちが整理しやすくなったように思いました。

でもそれは、私がこういう仕事をしているから
満足感があるだけだと思っていたので
個人的な出来事として、ひいらぎは関係なく進んでいました。


それから数年。
お客様とお話をする中で、仕事の方とお話をする中で、
綺麗なだけでは済まされない、どの家族にも想像もできない
それぞれの事情や思いがあることを知るようになりました。
徐々に、あれは私だけの出来事ではなかったかもしれず、
他の方々にとってもこの念珠の使い方は
意義深いものなのではないかと考えるようになりました。


大切な人の死に後悔し、忸怩(じくじ)たる思いや
伝えられなかった気持ちを抱え続けてしまう方が、
実はたくさんいらっしゃる。


葬儀が簡略化されつつあるとしても
弔いの場面できちんとした念珠を棺に入れるという行為は、
大切に弔ったという満足感を感じていただけ、
ご遺族様の心を軽くする手助けができるのではないか。



ご遺族様の目線でとらえ直した、古くて新しい儀式
つながりの念珠



ご提案したいことをじっくり込めました。


ひいらぎ  市原


追記:
葬儀事業者様へは8/23のビックサイトでの展示会にてリリースいたしました。
お取引書類受理後、初回発送は9月下旬、お客様へのご提供は10/1〜です。
一般のお客様への販売につきましては個別にお問合せください。

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【店舗のお知らせ】イベントなどで臨時休業をいただくことがあります。
ツイッターか、お問い合わせでご確認ください。

  • 2017/12/11 12月号の”戦略経営者”にて弊社代表市原の取材が掲載されております。
  • 2017/11/01 11/1−11/14中川政七商店(銀座SIX・仙台SPAL)にてひいらぎのお念珠オーダー会を開催しております。
  • 2017/10/07 芸工展コア期間が始まりました。ひいらぎの”大野舞 原画展”は22日までです。

新規事業


伝統的な風習として全国的に見られる
故人を弔う際、棺に白装束や念珠(=数珠)を入れる儀式。
仏教はそもそも葬儀を担うための宗教ではないので、この風習も
仏教の正式な儀式ではないのですが、葬儀というのは多分に
地域・土着的なものが含まれています。

その儀式における念珠は、元来は故人が生前お持ちだったものを使っていたのですが
火葬場の不燃物NGの流れにより、石などの念珠が入れられなくなり、
急速に衰退しつつある儀式でもあります。


今回は
亡くなった方を弔う(とむらう)火葬道具としての念珠を作りました。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
見た目ほぼ同じではないかと言われそうですが、
ひいらぎの中では新規事業です、完全に。

これまでひいらぎでは
宗派を問わず使える片手念珠を主に扱ってきて、
どちらかというと「もっと気軽に」「色も配色も自由でいいんだよ」
という古くからの思い込みの誤解を解き、
念珠という道具を軽くする方向へのご提案が多かったと思います。
今回はいわば逆。儀式のためのフォーマルな道具です。


個人的な話になりますが少しお付き合いください。


3年前祖母が他界しました。
大好きだったのに、最期の数年、
私は自分の仕事や家族の生活を回すことに必死すぎて
全然会いに行けていませんでした。
亡くなった知らせを聞いた時に(しまった!)としか思えず、
なんで、なんてことだろうかと本当に心にずしんときました。

自分の人生を反芻しました、どこら辺がダメだったか。
もうどうしようもないのは分かるけど、あの時どこをどうしていたら
私は後悔のない祖母との最期を過ごせたのか。
色々あり、私の中で祖母に会いに行くことは
少し重たく、あることができるまでは行かないと
心の中で自分に課していました。
(私と祖母の関係性はかなり特殊だったと思います。)


祖母の姿を棺に見た時、
念珠を棺に入れることを自然に思い出し、
手に持っていた念珠を棺に入れ、荼毘に付しました。

後悔の気持ちが消えるわけではないし、
会いに行けなかった己の未熟さや愚かさも取り戻せない。
ただ、念珠を入れた自分の行為が、
迷いや気持ちを棺に託すイメージとして残り、
その後の気持ちが整理しやすくなったように思いました。

でもそれは、私がこういう仕事をしているから
満足感があるだけだと思っていたので
個人的な出来事として、ひいらぎは関係なく進んでいました。


それから数年。
お客様とお話をする中で、仕事の方とお話をする中で、
綺麗なだけでは済まされない、どの家族にも想像もできない
それぞれの事情や思いがあることを知るようになりました。
徐々に、あれは私だけの出来事ではなかったかもしれず、
他の方々にとってもこの念珠の使い方は
意義深いものなのではないかと考えるようになりました。


大切な人の死に後悔し、忸怩(じくじ)たる思いや
伝えられなかった気持ちを抱え続けてしまう方が、
実はたくさんいらっしゃる。


葬儀が簡略化されつつあるとしても
弔いの場面できちんとした念珠を棺に入れるという行為は、
大切に弔ったという満足感を感じていただけ、
ご遺族様の心を軽くする手助けができるのではないか。



ご遺族様の目線でとらえ直した、古くて新しい儀式
つながりの念珠



ご提案したいことをじっくり込めました。


ひいらぎ  市原


追記:
葬儀事業者様へは8/23のビックサイトでの展示会にてリリースいたしました。
お取引書類受理後、初回発送は9月下旬、お客様へのご提供は10/1〜です。
一般のお客様への販売につきましては個別にお問合せください。